5-2.観念の個人差について

「私」は自然の一部、あるいは自然そのものとして存在し、生体反応は多種多様な自然現象が発生した結果として現れる、といったことを前回の記事で書いてみました。

有機的な、あるいは魂を持った存在を自分自身にイメージしていたのに、なんて無味乾燥な真実だろうと感じた方もいらっしゃるかもしれません。

個体差による反応の違い

ふと思うことがあります。

同じ血がつながった兄弟でも性格や好み、得意なことが同じであるとは限りません。

リンゴは同じ高さの木から落ちた場合、日本でもインドでもアメリカでも、同じ時間をかけ地面へ落下します。自然現象なのだから当然ですよね。

でもまあ、地面に転がっている石ころがどれも違う形をしているのと同様に、人の人格や個性も様々なのかもしれませんね。

だとすれば、ひとりの人間は石ころのように、生まれたときから人格や性格は決まっているのでしょうか?石ころの方は、たぶん何百年も何千年も変わらずに、石ころとして存在していたのでしょう。

違う人間なら石ころと同様、その姿かたちや特性が異なっていても不思議ではありません。でも、同一人物の場合、その人が生きている限り人格が一定であると言い切ることが出来ないと思います。

人間は生い立ちや生活環境などの違いにより、人格のみならず、性格や衝動的な反射の仕方、頭の中をよぎる色々な観念などは変化していきます。

仮にパラレルワールドが存在し、同じAさんが別々の世界にいるとしたら、過去から現在までに蓄積されてきた経験や知識などにより、異なる個性を持った人間として存在しているように思えます。

カルマ

怒りに支配されている割合が多い人生を歩めば、怒りに関連した記憶が数多く蓄積されます。

怒りに関わる記憶が多いという事は、それだけ怒りに関わる情報が引き出される頻度も高くなる訳ですから、何かにつけて怒りっぽい性格になってしまいます。

そして、怒るという行為が増えるに従い、その経験が記憶として更に蓄積されてしまいます。仏教では、こうした記憶をカルマと呼んでいます。

プライドの高い人は、慢心という煩悩が頻繁に現れます。慢心についての記憶量が多く、なおかつ、その記憶がよみがえる頻度も高くなるので、次第に人格という形でその人に定着するのです。

慈愛に満ち溢れた人生

煩悩と呼ばれる慢心、迷い、怒り、悲しみなどとは正反対の、愛情に満ち溢れた人も存在します。

優しさで心が常に満たされている人がいます。心が愛情であふれていれば、自ずから優しく暖かな思いや行動が増えてゆきます。

誰かに優しく接するたびに、自分自身が笑顔になるたびに、それが人徳として形成されていくのです。

煩悩に支配され悪行に振り回され続ける人もいれば、穏やかで優しい、慈愛に満ちた心を持ち、幸せな人生を歩んでいる人もいます。

生まれたばかりの人間は?

徳の高い人、業の深い人、同じ人間でも皆、その性格は異なります。でも、最初から慈愛に満ちた人徳を備えて命を授かる訳ではないでしょうし、反対に生まれつき悪業の深い人などもいないでしょう。

もちろん脳の機能的性質の差異により、性格の傾向は違ってくるかもしれません。例えば、セロトニンという脳内物質を生成する酵素が遺伝的に低活性である場合、脳内セロトニン濃度が低くなり、その結果悲観的になりやすいどの症状が現れることがあります。

このような医学的な観点から見た個体差があることは否めませんが、だからといって生まれてからの人生が、そのことで完全に固定されるわけではないはずです。

人種についても同じことが言えます。身体機能の優れている人種もあれば、比較的身長の低い人種もあり、人間といっても様々なタイプがそんざいします。

ただし、どんな人種でも、どんな人間でも、生まれたときから固有の観念を持ち合わせている訳ではないはずです。最初は誰しも純白な心で生まれてきます。

そして、幼少期、思春期と成長していくにつれ、様々な経験や知識が記憶として蓄えられ、次第にそれが個性として定着し、更には人間性を形成していくのだと思われます。

観念の違い

産声を上げてから、今現在に至るまでの間に、経験したり勉強した大量の情報が記憶として脳内に蓄えられています。

そして、その情報を基に考えたり、判断選択したり、行動してゆく中で、脳内の神経ネットワークが構築されたり、変更されたりしていきます。

それぞれの記憶は、引き出される頻度により、脳の神経細胞を伝わる電気的なパルスの発火度合いにも差が生じます。

当たり前のことではありますが、その歩んできた人生に基づき、心の中に様々な観念が生じます。人によって、観念の支配をどのように受けるかに差が現れます。

支配する観念の人による違いとは、記憶として焼き付けられた情報と、それが引き出される頻度により異なります。もちろん、それを変えてゆくことだって可能です。

 

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